高校生・大学生とこれからどんな仕事についていこうかと職業選択のために考え、悩む世代の人々にとって、今日のイエス様の御言葉は、職業選択を超え、生きる方向性の決断を迫る大切な御言葉です。
私自身、食糧問題の解決に関わってきたいと農学部の農学科を選んだのですが、
この御言葉は常に私に問いかけてきました。
そして、いつの間にか振り返ってみれば、農業に直接携わるのではなく、永遠のいのちに至る食物、すなわち、いのちのパン、聖書の御言葉を伝える働きに携わるように導かれてきました。
『それこそ、人の子があなたがたに与えるものです』と27節の後半にあります。
どのような職業選択であろうと、職業を通して生活の糧(賃金)を得ていく手段であるには変わりありません。しかし、職業がただ生活の糧を得るためであるとき、苦労して、毎日働き続けることにどこかむなしさを感じてしまうのではないでしょうか。
好きで始めた仕事も、お金を稼ぐための手段に代わって、いつのまにか稼ぐことに追い回されてしまってしまうのは疲れる事です。
自分の働きを誰かに認めてもらえれば、まだ、やりがいもあります。
人の子があなたがたに与えるものであるとは、
イエス様は、人の働く目的を教えられました。
人は、永遠のいのちに至る食物、すなわち、神の国のために働くという目的のために人に職業を与えられ、神の国のためにはたらく時、神に認められて、人は神に認められてこそ、心の奥に満足を得ることができる存在として作られました。
世の中(なくなる食物のための)の仕事はどれだけ働いても、何も残らなかったということもあるかもしれません。
しかし嬉しいことに、永遠のいのちに至る食物のための仕事は、決して無駄になることはありません。
聖書にこう記してあります。
『主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである』第一コリント人への手紙15章36節
職業を通して、神の国を広めていく使命があります。
職業を通して、人々に真実や正義や美や真理や愛や慈しみや癒し、奉仕など神様の手足となって平和をこの世界に実現していくことに寄与していくことができます。
永遠のいのちに至る食物のために働くとは、
だれもが宣教師や牧師になるということではありません。
イエス様を信じながら、与えられた職業を通して、イエス様とともに働いていくことです。学問も芸術も、ケーキ屋も看護師もすべての職業を通して、永遠のいのちに至る食物のために働くことができます。
どんな職業に就くにしろ、その背後に、神の国のために働いていくという目的があれば、その人の働きはやりがいがあります。
神の国のために、あなたの職業を生かしませんか。
2020.9.13茅ヶ崎集会 建徳要旨