主イエス・キリスト・       御言葉の黙想

み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。詩篇119:130

卒業式

えい君、おめでとう。ほんとにおめでとう。4年生の秋、いままで学校に行ける事、行くことは当たり前だと思っていたのに、いくつかの経緯はあったけれども突然に、学校に行けなくなってしまったえい君。私も、妻もある意味、パニックになり、動揺し、あれこれと勉強を続けさせようとしていた4年生の後半。5年生になり連休までは通い始め、これなら何とかなると思って希望を見出し始めた頃、やはり行けなくなり、あきらめと失望、悲しみ、なによりも引きこもっているえい君を見て可哀そうだった。

そのころはチックがひどくなり、何をしても首の振りが止まらないような状態だった。

えい君もどれだけ苦しんでいたことだろうか。私も、不登校になり始めた頃、幾度もえい君を叱ってしまったこともあった。

えい君の苦しみや困惑に共感することもできていなかった自分もいた。

家の中に引きこもり、ゲームの世界に埋没するしかなかった彼の気持ちの苦しさの立場に立てなかった。

でも、祈りながら、私自身も変えられていき、ある時からは、もう上から目線ではなく、

えい君と一緒に歩もうと考えを変えられた。えい君も心を開いてくれるようになった。

 

5年生の秋からひまわり教室に通うことにした。少しづつ慣れ、6年生に入ってからは、ほぼ毎日ひまわり教室に通い、塾との併用でえい君なりに学習も再開するようになっていた。

6年生の一学期、二学期、えい君は自分で中学生になってからもひまわりに行くと言っていたし、私ももう公立の中学校生活にはついていけないだろうなとえい君に与えられるイエス様の導きの道に信頼するしかないと思っていた。

深小学校へはもう通わないんだなと毎朝、通勤で自転車で校庭桜並木の横を通り過ぎながら寂しさを感じていた。

そのころは、みーも3年生から深小学校へ通えなくなっていた。二人が桜並木の校庭に足を踏み入れた頃、子供たち二人が不登校になるとは思いもしなかった。

妻も心を痛めていたに違いない。

みーが3年の2学期から、転校したいと言いだし、私たちは教育委員会とかけあいながら、3学期になってようやく成小学校への転校が決まった。この時も、イエス様の奇しき計らいがあり、無事に転校が決まった。

みーは、一時期、えいと一緒にひまわり教室に通ったが本意ではなかった。

みーが、成に転校し、通い始めてから、えい君もみーに影響されたに違いない。

6年生の3学期に入り、新学期とともに突然、教室に行った。なんの連絡もなく突然行き、クラスメイトも先生もびっくりしたに違いない。

その後もひまわり教室と学校と半々に通い、そのうち、3学期は卒業に備えた様々な行事や授業のまとめがあり、文集や、自画像や工作など活動も増え、学校に足が向かなかったえいがまた希望をもって通い始めていた。

 

そうして、卒業式の日を迎えることができた。

他の生徒と共に、卒業式に参加しているえい君を見て、これは当たり前ではなく、

この一歩一歩が主の恵みに支えられて今日の日があることを心に思い、

式の間、ずーと『イエス様、感謝します』と感謝していた。

ほんとに良かった。深小学校で卒業式を迎えることができてほんとに良かった。

ひまわり教室の先生がた、お友達にも心から感謝しています。

深小学校の校長先生、6年の担任の先生、そして4年生の時、えい君のことを心配して幾度も手紙を下さった担任の先生、教会の人たち、いつも家に遊びに来てくれて励まし支えてくれたお友達、ほんとうにありがとう。

卒業式が終わって、その日は感謝とともにこの数年間の疲れを感じていた。やっぱり、精神的にもしんどかったことに気が付いた。妻も、苦しかったに違いない。

みーもえいも、4年生、そして中学一年生になる、

4月からまた学校に通えるかどうかはまだわからない。

一足一足、毎日、毎日、主の恵みにより頼まなければならない日々が続く。

でも、主に信頼しよう。主は私の祈りを聞いていて下さる。

日々、我らの重荷を担われる主はほむべきかな。