ヨハネ福音書2章13節から22節
覚書
1.神殿宗教による搾取と権益に対するイエス様の聖なる怒り。
旧約(律法)の動物犠牲の礼拝の終焉の予告
13節:過ぎ越しの祭りは春の第一の月(3,4月)に行われる。イスラエルの民がエジプトから脱出する直前、エジプトに下された10のわざわいの最後に『すべての初子を殺すという裁きが神より下された。しかし、小羊の血を鴨居と門に塗ればそのわざわいは過ぎこされるという約束を神はイスラエルにされた。イスラエルの民の家々は神の言われたとおりに家の鴨居と門に小羊の血を塗り、神の裁きを免れた。
三大祭:
過ぎ越しの祭り
五旬節の祭り(初穂)過ぎ越し祭から50日目
仮庵の祭り 第7の月の15日。
14節:宮の中とは異邦人の庭のこと。ユダヤ教に改宗した異邦人が入る庭
各地からの巡礼者が祭りに来る。すべての貨幣を神殿の貨幣シュケルに両替しなければならない。巡礼者は動物を買い、捧げなければならない。両崖人は暴利をむさぼり、
動物犠牲の売り上げは大祭司と家族の収益となった。
15節、16節:神殿礼拝の名のもとにはびこる利権による富を神とする偶像礼拝に対してイエス様は聖なる怒りを燃やした。
ゼカリヤ14章21節
21 エルサレムとユダのすべてのなべは、万軍の主への聖なるものとなる。いけにえをささげる者はみな来て、その中から取り、それで煮るようになる。その日、万軍の主の宮にはもう商人がいなくなる。
17節:あなたの家を思う熱心:
詩編69篇9節; それは、あなたの家を思う熱心が私を食い尽くし、あなたをそしる人々のそしりが、私に降りかかったからです。
ダビデ王の神への礼拝に対する熱心さはそしりとなっていた。イエス様も父なる神に対する熱い情熱に満たされていた。
2.イエス様の十字架による死と復活の預言、新しい礼拝の始まり
18節から22節
19節:ヘロデ王の神殿 ヘロデ王はローマの傀儡政権。ユダヤ人の反乱を抑えるために立てられた王。ヘロデはユダヤ人指導者たちの反感を和らげるために豪華な神殿を再建した。ネヘミヤのような神への真実な礼拝の心による再建ではない。
この神殿とは聖所、至聖所を指す。
21節:イエス様自身こそ礼拝の中心であり、対象である。
イエス様の十字架と復活によって成就された罪の完全な贖いにより、動物犠牲は必要なくなり、イエス様を通して神への霊とまことによる礼拝の道が開かれた。
そこにはユダヤ人、異邦人の区別も無く、時も場所も関係なくイエスを信じるすべての者に開かれた礼拝である。
礼拝は動物を捧げるのではなく、自分自身を主に捧げるものとなった。その捧げるとは罪の代価としての捧げものではなく、罪赦された恵みに対する感謝の献身となった。
祈り
主よ、私の中にも聖なる礼拝、神への奉仕の中にどこか自分の利益と見返りと報酬を求める心が潜んでいることを教えられました。
純粋な心によって神の奉仕に当たることがいかに罪深い私にとっては難しいことか。
自己中心な自我、宗教、神への奉仕の名のもとに自分の利益を求めようとする心があることに気が付かされました。主よ、今、御前に罪を告白し、主の血潮による清めを信じ、求めます。主よ、どうか私の中に真実さをもって父の家を思う熱心を与えて下さい。
2025年10月25日 片瀬山、茅ケ崎集会
別稿
『新しい神の神殿』
19節『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる』
イエス様がこの神殿を壊してみよと言われた時、イエス様の話を聞いたユダヤ人たちは、ヘロデ王が建てた今ここにある石の神殿のことを指していると思った。
しかし、イエス様の言われた意味は、ご自分の体のことを言われたのであり、『神殿を壊す』とは、主の体を十字架につけて殺すことを言っていた。イエス様の言わんとしていたところは、『たとえ私を十字架にかけて殺したとしても、私は、神の全能の御力によって、三日目によみがえる』ということを明らかにされたのであった。
弟子たちは、このイエス様の言葉を聞いた時にはその意味が分からなかったが、イエス様がよみがえったときには、イエス様がご自分の体のことを言っていたことに気が付きました。
21節『イエスの言われる神殿とは、ご自分の体のことだったのである』
ここから、旧約聖書の時代に無かった新しい神殿の理解が始まります。神殿に対する神様の御心が示されました。
【神殿の機能】神殿とは、神と人の出会うところ、神の臨在されるところ、そして、人が神に礼拝を含めた祈りを捧げるところでありました。
【神殿の歴史】モーセの時代には、幕屋があり、そこが神殿の原型となりました。出33:7~
ソロモンにより神殿が建てられ、神殿を中心としたユダヤ教という一つの形が作られました。Ⅰ列8章、9章
神殿は、バビロンにより壊され、ペルシャの時代になって、神殿の再建がはじまり、
ローマ時代になり、ヘロデ王によって神殿が建てられました。
1
1:イエス様ご自身が神の神殿となられた。21節、黙示録21章22節
すなわち、イエス様ご自身こそ礼拝の対象であり、イエス様を通して、人は神に出会い、イエス様に祈る時、神は祈りを聞いて下さる。
2:イエス様ご自身が神殿となられたので、礼拝の場所の制限がなくなった。イエス様に対して、いつでも、どこでも、どのような時でも、霊とまことをもって礼拝を捧げることができるようになった。ヨハネ4章24節
2 私たち、人の体に聖霊が宿る神の神殿であることが始まった。そのことを知った。Ⅰコリ3章16,17節
御霊の宿る神の神殿である私たち、それゆえ、
① 自分の体を大切に扱わなければならない
② 私たちの体を神に捧げることが、私たちのなすべき礼拝であるという理解が与えられた。
すなわち、ユダヤ人が神殿にいって捧げ物を捧げれば礼拝をしたと思っていたように、
私たちが日曜日に礼拝式に出席すれば礼拝をしたと思うのではない、
つまり、神を敬うということは、私たちの生き方を神に捧げて、神様の御用のために、用いていただくことが礼拝である Ⅰコリ6章19節、ローマ12章1,2節
3 信じる者たち全体において互いに組み合わされて神の聖なる神殿となる。エペソ2;21、4:16
まとめ
イエス様を礼拝していればいいのだ
私たちも御霊を宿す聖霊の宮なのだ
それゆえ、自分の体を大切にしましょう
礼拝とは、自分の生活を神様にささげて用いていただくこと
私たち信じている人たちの集まり、すなわち、教会全体がを通して礼拝を捧げることが、大切なんだ。
黙想 『三日で建て直してみせる』
もし、あなたが古い宗教的な誇り、あなたの拠り所となっていた神殿、すなわち、あなたの自我が砕かれることをあなたが望むなら、私は喜んであなたの古い神殿を壊す。そして、あなたが、そのような神殿が空しいものであったことを素直に認め、心砕かれて、新しい神殿が建て直されることを願うならば、私は3日のうちにあなたの内に新しい神殿を建て直すことを約束しよう。
私はあなたが、古い神殿から新しい神殿に仕えることを望んでいる。
私はあなたに新しい霊を授けよう。それは、私の心となる。
あなたが主イエスを拝むなら、主イエスはあなたの神となる。
参照 哀歌3:1~、Ⅱコリント1:8~、エレミヤ31:4、31:28