主イエス・キリスト・       御言葉の黙想

み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。詩篇119:130

しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害するもののために祈りなさい。マタイ5:44

キリスト者に与えられる力】

・律法では為しえなかったことが、恵みによって為すことができるという主の恵み

エス様は弟子たちに向かって語られた。『しかし、あなたがたに言います。』
一般の群集には望まなかった主の教え。

最近は、殺された被害者の気持ちを聞かれることがよくあります。
極刑にしてほしいと、テレビの中で答えられる。目には目をという律法が日本の中にも生きている。マスコミが取り上げるのは、視聴者の気持ちを引くことができるという思いもあることだろう。事件を知る私たちは、被害者の気持ちに同情もする。

迫害するもののために祈る、常識的な判断や人の気持ちからは現れてこない。この人は罰を受けて当然だ!と誰もが同意するようなときに、イエス様は、しかし・・・と弟子たちに語りかけてくる。

エス様が語りかけて来るときに、自分の感情は否であっても、やはり迫害する者のために祈ろうという
気力が、感情とは別のところから、私たちを支える。
それは、弟子の心の内に住んでおられる主ご自身の恵みの力。

エス様が、しかし・・と言われる時、その力も備えて下さっている。
これは、人にはできない神の力に他ならない。