主イエス・キリスト・       御言葉の黙想

み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。詩篇119:130

主が、御名を住まわせるために選ぶ場所へ、

ただ主があなたの部族の一つのうちに選ぶその場所で、                            あなたの全焼のいけにえをささげ、                                         その所で私が命じるすべてのことをしなければならない。               申命記12章14節 
全焼のいけにえをかって気ままな場所でささげないように気をつけなさい。      申命記12章13節
わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に彼らを連れてくる。                                                                   ネヘミヤ記1章9節
申命記を通読中にこの御言葉に出会った。ちょうど、主に心から礼拝を奉げ、主に仕えることのできる教会を妻と一緒に祈り求めている最中であった。
いくつか教会を訪ね、心惹かれる教会にも出会い、ここに落ち着くのかと思う中で、二人がどうしても気になってしまった、その教会へ行く途中にある小さな教会があった。
一度だけ訪ねてみようと二人で話し合い、礼拝に交わった。聖い霊に満ち溢れる礼拝であった。
どの教会も主の御体として、素晴らしいものを受けている。だから、どの礼拝に交わっても、主を覚えることができる。
けれど、私たちが願っているのは、その中で、主はどの教会へ私たちを導かれているのであろうかという祈りであった。
一度だけと思い交わった教会は数ヶ月心の中にとどまり続け、
8月に入り、もう一度訪ねてみようということになった。
牧師といろいろと話をして、その牧師と教会員の祈りと、私たちの祈りが一致することに気がついた。
私たちが選ぶのではなく、主が選んでくださる教会へ。
申命記の御言葉の後、
その教会の礼拝でのネヘミヤ記の1章の説教の中に、全く同じ主の御言葉が啓示されていた。
 
わたしの名を住まわせるために、私の選んだ場所に彼らを連れてくる。アーメン