主イエス・キリスト・       御言葉の黙想

み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。詩篇119:130

わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。マタイ10:39

【み言葉の前にとどまる】

み言葉を前に、ここ一週間、ずーっと立ち止まっています。
なかなか前に進めません。

そこに、イエス様が教えようとされている何かがあるのだけれど、御言葉が開かれてこないので、
光が差し込んできません。
うっすらと雲がかかっています。
その後ろから光がさして透けては見えてくるのだけれど、
まだ、その雲に切れ間が出てこない。
雲の切れ間から光が望むことを待っているような感じです。

み言葉には、ゆっくりと立ち止まっていいと思います。
ノルマのように聖書を次々と読み続けていく必要はないです。

デボーションのガイドブックに従って、
消化不良のまま、次から次へと
聖書を読むよりも、たまには立ち止まって、
その意味を教えられることを待っていればいいと思います。

聖書の言葉は、逃げ隠れもしない。
何千年も前から、ずーっと人々に開かれることを
待ち続けています。