主イエス・キリスト・       御言葉の黙想

み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。詩篇119:130

あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。マタイ5:39

傷つけられることを許してはいけない
・イエス様は、ただ一人神様の戒めを守ることのできた人です。
・でも、私たちは、神ではないから、神にもなれないから、神様の戒めをそのまま守ることはできません。
 
学校の中で、ただいじめられていることを許してしまっている人はいませんか。
相手に侮辱する言葉や汚れた言葉を言われても、何も言い返さず、黙っていることはありませんか。
家庭内で、夫のもしくは妻の言葉の暴力をそのまま許してしまっている人はいませんか。
クリスチャンに限らず、気立ての優しい性格の人は、相手の暴力、(・・暴力とは、人の身体や心に許しなしに勝手に入り込んでくることだと思います。)に対して、許す(あきらめ)という対処の仕方で痛みを避けようとしてしまうことも多いかと思います。
でも、心の内側は、相手に傷付けられたままです。
 
きょうの聖書の言葉を受けて、相手の暴力の為すがままにされてしまうことがほんとはいいことだなどという妙な言い訳を自分に課して、自分の尊厳が否定されることを許してしまっていることはありませんか。
こんなことを繰り返していくと、あなたは、心に深い傷を負ってしまいます。
確かに、イエス様は傷ついたあなたと共にいて下さいます。
けれど、それは、何よりもあなたの人格、尊厳と共にいてくれるということ。
エス様は傷つくあなたを悲しまれます。暴力によって傷つくことは神様の御心ではありません。
 
私たちは、神様から与えられた尊厳があるのだから、ただ、相手の暴力のいいなりになるのではなく、
嫌なものは、嫌とはっきり言い、態度に示していいのです。
エス様は、暴力に対してはっきりとした態度をとるあなたに勇気を与え、そして、悪の力から、あなたを守って下さるのです。
暴力を断固拒否する勇気を主にいただきましょう。