主イエス・キリスト・       御言葉の黙想

み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。詩篇119:130

この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。コロサイ1章27節

私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。
それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。コロサイ1章28節

1:死んでいた私。新しく生まれた私。新しく生まれた私は内なる人として成長していく。

エペソ2章1節においてあなたがたは・・死んでいた者であってとエペソの人々を諭しています。生きている人間に対して、あなたがたは死んでいた。。と、キリストを信じて新しくされるまで、人は自分が死んでいる者であることさえ知らずに生きているのです。

神様の目的は、私たちの中に新しい人を再び創造することにありました。

エス様を信じた時、私たちの魂の中に聖霊が臨み、聖霊は復活の霊として私たちの魂の中に新しい人、内なる人を創造して下さいました。

この内なる人は直で神を愛し、神に従い、神に生きる事を常に喜び、神に喜ばれる全く新しい人です。

神様は、救いの完成に向けて、一人ひとりの中に再創造したこの新しい人を養い育てて、完成に向けていくことを意図されました。

内なる人は牧者であるキリストを頼りにし、キリストへの信仰を持つことによって、

外なる人の周囲に降りかかる様々な試練。苦難を乗り越えていきます。

外なる人には試練や苦難を乗り越える力はなく、世の誘惑に負けてしまいます。

内なる人がキリストに依り頼むことにのみ、キリストが私たちに代わって戦って下さり、世の戦いに勝利します。

内なる人は、傷つき、悲しみ、弱りますが、キリストを信じてより頼む時、キリストの豊かな富をいただき、癒され、喜び、強められます。

2.内なる人の武器は信仰です。

信仰を働かせることにより、キリストを最善の友とします。

信仰を呼び覚ますことができるのは聖書のことば、キリストのことばです。

内なる人に御言葉を日ごとの糧として食していくことにより、内なる人はキリストへの信仰を養います。

時に、肉の人はキリストを心の外に追い出し、かつての自分のように、肉の欲に従い、自分勝手なふるまいをしてしまうこともあります。

キリストの助けを頂くために、私たちは信仰を働かせて、キリストが心の内に住まわれ、しっかりとキリストに根差し、基礎を置くように訓練する必要があります。

常にキリストなしには生きる事ができないと告白できるほどにキリストの必要を教えられることが大切です。

3.神様は、教会を通して、内なる人を宿すクリスチャンを養い、守り、支えていこうとされました。教会は、世に対する証人であると共に、クリスチャンのための家であり、互いに成長していくための学校でもあります。

教会を通して御言葉を聞き、成長したクリスチャンとの交わりの中で愛を教えられ、

試練の時の対処方法を共に学び、互いに慰めを受け、励まし合う、そのような場として教会を置かれました。

 

内なる人が強められ、成長していくことにより、自然とそれは周囲に対する証となり、

世の人々を救いに導く力となっていきます。

世の人々は教会の人々の間に満ち溢れているキリストの徳に感動を覚えるようになります。

人びとはキリストの徳に感動し、惹きつけられ、私もクリスチャンになりたいという願いへと導かれるのです。

4.神様は、クリスチャンが成長していくための手助けのために教会に牧師、教師を置かれています。牧師、教師は神様の内なる人に対する神様の目的を良く悟り、神の御心を尋ね求めながら、聖徒を養い育てていく大切な務めを与ります。